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フジファブリック「Anthem」

「Anthem」はフジファブリックの4枚目のアルバム

『CHRONICLE』収録曲。

 

年末になると、何かしらの媒体で志村のことを思い出して

フジファブリックのプチブームが到来するのがここ毎年の流れだ。

昨年末~今年にかけては、『CHRONICLE』をよく聴いた。

今回取り上げるのはその中から「Anthem」という曲。

 

Anthemという言葉はもともとはキリスト教における

讃美歌、聖歌という意味らしい。

そこから現代ではもっと幅広く

「名曲」「代表曲」のようなニュアンスで使われている。

志村がこの単語を採用するにあたって、

もしかすると単に良い曲だからという理由だったかもしれない。

アルバムの中のハイライトだからという理由かもしれないし

歌う中で収まりの良いフレーズがたまたまこれだっただけかもしれない。

志村の本意は私は知らないしもはや知りようもないが

私の解釈は、意外と原義に近いところにあるのでは?というものだ。

 

賛美歌。

昔から現代にいたるまで、クリスチャンは神を称える歌を歌う。

それはなぜかというと、神が創造者であり人間は被造物だからだ。

違う表現をするなら、神が与える側で人間は受ける側だからだ。

天地創造の話がまさに象徴的なように、キリスト教の世界観は

まず神が与え、それに人間が応答するというのが基本的な順序だったりする。

神の恩恵に対して人間が行う応答、

それが讃美歌というわけだ。

 

『CHRONICLE』というアルバムは、志村正彦というひとりの人間の 

悲しみ、孤独、諦観、そのほか言葉にできないうめきのような

感情の揺れが詰まったアルバムである。

しかしそんな後ろ向きな感情を吐露し尽くしたこのアルバムを、

志村は雑誌等やウェブ等のインタビューで

「最高傑作」と豪語していたりもする。

行かないで もう遅いかい

鳴りやまぬ何かが 僕を襲う

歌詞に出てくる「君」とは遂に結ばれなかったとしても、

「鳴りやまぬ何か」は、ついにこの

最高傑作と自負するアルバムとして結実した。

悲しい思い出も感情も、優れた音楽に昇華させることができた。

だから、このアルバムは言うなれば

「君」が作らせてくれたものであって、

「Anthem」は、そんな「君」への応答の歌。

神に向かって讃美歌を歌うように

「君」という個人に向けて歌う歌。

それが私のこの曲の解釈である。

 

このメロディーを 君に捧ぐ

このメロディーを 君に捧ぐ

 

ただし、あまりにもパーソナルな感情を詰め込んだ

この曲、ひいてはこのアルバムが多くの人の共感と支持を得て

文字通りのアンセム=名曲、代表曲に化けるところまで読んでの

この単語のチョイスだとしたら、それはそれで

なかなかしたたかで心憎いネーミングである。

 

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